赤城大沼第一とコンビのかわいい円筒分水
小型ながら豊富な水量でがんばっていました。周囲にお花を植栽されていて地域のみなさんが支えているのが伝わりました。
下の写真は右が下流の耕地へと続く用水。左は東側の地域方向、藤沢川まで到達するとの事。
第一と同じように案内板も整備されています。
隧道改修記念碑
赤城大沼用水の上流部のトンネル区間約2.2キロメートルは昭和63年から平成10年にかけて大規模に改修があったので、その時の記念碑なのかも。裏を確認しませんでした…
歴史( 第一円筒分水工と同じ)
赤城大沼用水は、前橋市旧富士見村地域の恒常的な水不足の解決策として、船津伝次平が明治初期に赤城大沼からの引水を考えました。その後、木村與作が建設運動を起こし、椛沢政吉らが建設計画を立てて、ようやく昭和16年に工事着工となりました。
しかし、戦時中の資材不足とトンネルの難しさて工事は進まず、戦後も苦労が続く中、椛沢政吉は昭和26年に亡くなります。その後を須田惇一が継ぎ1957年(昭和32年)にようやく完成しました。工事着工から16年、木村與作の建設運動から84年を要した悲願の達成でした。
現在の水路は、上流部のトンネル区間約2.2キロメートルを昭和63年から平成10年にかけて大規模に改修しました。しかし開水路区間約9キロメートルは未着手で工事が進められています。
データ
名称:赤城大沼用水 第ニ円筒分水工
住所:群馬県前橋市富士見村
方式:全周溢流式
水源:赤城大沼用水+赤城白川( 第一円筒分水工経由)
用水:2方向、1:1
竣工:1957年(昭和32年)
管理:赤城大沼用水土地改良区
県中部農業事務所農村整備課
#群馬 #前橋市 #富士見町 #赤城大沼用水第二円筒分水工 #赤城大沼用水 #円筒分水 #円形分水