広がるたんぼと名産のリンゴが見守る円筒分水

藤崎円筒分水(青森県藤崎町)
藤崎町といえば、世界一の生産量を誇るりんご「ふじ」発祥の地。
1938(昭和13)年に創設された「農林省園芸試験場東北支場」(現在の弘前大学農学生命科学部生物共生教育研究センター藤崎農場や県立弘前実業高等学校の近辺の広いエリア)で「ふじ」が生まれました。

ふじ原木公園
藤崎の街から東、国道7号(羽州街道)とJR奥羽本線の間の平らに広がった耕地が気持ちいい小畑地区にあるのが藤崎小畑の円筒分水。

浅瀬石川から取水し藤崎幹線用水(藤崎堰)、横澤幹線水路(横沢堰)を経由したお水が季節にはざぶざぶ流れます。そして円筒分水の横にはりんごの林が。

訪ねた時にはあおいりんごが
藤崎幹線用水路は「藤崎堰」。取水は東の黒石市境松で浅瀬石川から。慶長年間(1596-1615)に開削されたものということなので400年以上、地域を潤して来ました。とはいえその歴史の中では何度も決壊し、1609(慶長14)年、藤崎村の住人堰八安高が自ら人柱となって、藩の検分役の前で壮絶に入水(じゅすい)し、急流が見事に治まったという言い伝えもあるそうです。堰八は「堰神社」に祀られ、藤崎堰とその下流の横沢堰、枝川堰、五所川原堰の四堰周辺の村人が氏子になったとのこと。治水の苦労がしのばれます。(青森県民生活文化課県史編さんグループ主幹 中野渡一耕さんの資料より)
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藤崎町の総面積は37.29平方キロメートルで山や・原野がなく、地質は第4紀沖積層の農業に適した肥沃な土壌。減農薬や良質な土づくりにこだわったお米や、ときわにんにく、トマトやアスパラガス、トキワの赤たまごなどなど農産物への力のいれよう。円筒分水の水も貢献してます。

データ
名称:藤崎町小畑の円筒分水工
住所:青森県南津軽郡藤崎町小畑舟橋
方式:全周溢流式
水源:浅瀬石川頭首工から取水
藤崎幹線用水(藤崎堰)から横澤幹線水路(横沢堰)経由
用水・分配: 藤崎町南部(舟橋、舟岡、種本/藤越、小畑等)、横澤幹線水路(横沢堰)
竣工:
管理者:浅瀬石川土地改良区、津軽土地改良建設事務所
地域の農業の歴史
この地域では田舎館村の垂柳遺跡(たれやなぎいせき)における水田跡の発見により、2000年以上も前から稲作農耕が行われていたことが分かっています。
その後、気候の寒冷化で稲作は一旦すたれますが、戦国時代に津軽為信がこの地を統一して以降、歴代津軽藩主によって積極的に新田開発が進められ、稲作中心の水田社会が広がりました。しかし、江戸時代の元和、元禄、宝暦、天明、天保年間の5大飢餓で多数の餓死者が出、また用水不足により近代まで流血の惨事に発展するほどの水争いが絶えませんでした。
洪水も多く起こりました。津軽地方は、上流部では河床勾配が急で水が一気に平野部へ流れ落ちますが、逆に平野の下流部では、河床勾配が緩く水がなかなか流れないため、1615年から1940年の325年間で計108回の洪水を数え、およそ3年に1度の割合で、洪水被害に見舞われていました。
■国営浅瀬石川土地改良事業(昭和50年度~平成7年度)
浅瀬石川地区は、岩木川の支流浅瀬石川及び十川を主水源とする津軽平野の南西部に位置する地域であり、これらの河川流量の不足による恒常的な用水不足、排水先である十川の背水等による排水不良を解消すべく、昭和50年度~平成7年度に国営浅瀬石川土地改良事業が実施されました。
二庄内ダムの築造や頭首工の統合新設、揚排水機場や基幹用排水路の新設改修により、用水系統の再編と水田の汎用化のための排水改良が行われ、水源の安定確保と洪水被害の減少が図られました。
併せて、関連事業により、末端排水路の整備、区画整理等が実施され、農業経営の安定と近代化が図られました。
藤崎町のみどころ
農業でのりんご(ふじ原木公園、リンゴ型の木、やりんご加工工場、ふじさき食彩テラスなど)や用水関連(堰神社、藤崎堰、横沢堰)の他に、「どうぶつ狛犬」が推し!

狛鳩
狛クマ、狛ハトがとてもかわいいのでぜひ!